~ この世・あの世を知るⅡ ~

この世の疑問・謎・疑惑、あの世に関する情報を冷静に分析してみます。

 

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「冬は家でおでん・・・」

 ずいぶんと寒くなり、肉まん・おでんの季節がやってきた。
以前は「コンビニのおでんって馬鹿に出来ないよな。」と言って夜な夜な買いに行ったものだ。
当時は添加物・化学調味料たっぷりのものを喜んで食べていたので、コンビニおでんも旨いものだと思っていた。

 でも、おでんはスーパーによくあるネタや大根を安く仕入れて工場で煮込んだものを店舗で温めているだけじゃないのか?
店で見ていても、真空パックから出しておでん鍋に入れているだけ。
温め続けるのだから保存料だってさほど必要なさそうだが・・・
と思ったのは甘かったようだ。

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 私自身はコンビニおでんはもう10年は買ったことはなく、家で作るのが常だ。
良く考えてみれば、おでんは数時間も煮込んでしまったら色も変わり煮崩れしてしまう。
だし汁もだんだんと濁っていく。
それはそれで悪くはないと思うのだが、コンビニで見るおでんはいつ見ても同じ色、同じ形、透き通っただし汁、そして・・・
下の記事を見て「そう言えばそうだな。。」と気づいた。
煮込み過ぎてだしを吸い沈んでいるものはない。

8時間以上煮崩れせず、浮いていなければならないという条件があるのだという。


************* 阿修羅掲示板より *************

 6~7年前のことです。焼きチクワやハンペンなどをつくる三陸海岸のある老舗の練り製品メーカー社長に、こんな話を聞きました。

 その練り製品メーカーは、大手コンビニチェーンとおでんの練り製品を納入する仮契約を結びました。仮契約には「仕様」という品質についてのさまざまな取り決めがあり、それらをすべてクリアできて本契約となります。当然、練り製品メーカーでは、仕様に沿った製品づくりを始めました。しかし、どうしてもクリアできなかったのが、「練り製品はおでんのダシ汁の中で8時間浮いていること」という仕様でした。

 チクワ、ハンペンなどおでんの具になる練り製品は、通常、スケトウダラなどの魚肉のすり身に食塩、砂糖、でん粉、調味料などを入れて練り合わせてつくります。しかし、通常のつくり方では、どうやっても、汁の中で8時間浮いていられません。具材が汁を吸って型崩れを起こしてしまうのです。

 そこで社長は恥を忍んで知り合いの同業者に相談したところ、その人はこともなげにこう言ったのです。

「簡単なことだよ。原料のすり身にリン酸塩とソルビットをたくさん使えばいい。そうすれば、すり身の比率は下がり、おでんの汁も吸いこみにくくなる。使った添加物はキャリーオーバーということにしておけば表示の必要はないから、コンビニチェーンにも消費者にもわからないよ」

 大半のすり身は船上でつくられます。その際、品質保持や増量のためにリン酸塩やソルビットが添加されますが、使用した食品には影響が出ないということで添加物の表示は免除されます。これをキャリーオーバーといいますが、この制度をもっと利用しろというわけです。

 社長は、そこまで品質を落とすことはできないとして、コンビニチェーンとの仮契約を破棄しました。それによって会社がコンビニチェーンに対して支払った違約金は100万円を超えたそうです。

************* 転載終了 ***********

 ここまでしてキレイな見た目をおでんに求める必要があるだろうか。
スーパーの野菜もそう。見た目が統一してあり、その実態は最低限の三種の化学肥料を与えておけば根と葉と茎になるという考え方。

 食品添加物について、”危険だというデータはない”、”危険というのは嘘”・・・というサイトや専門家もいるが、メーカー側が危険性を自ら暴露するようなデータを出すはずもなく、科学者・専門家も人体実験を出来るはずもない。
マウス実験や科学的根拠から導き出す以外に方法はない。
その上で危険である可能性があるのならば黙っていてはいけないと考える方が当然。
少しでも可能性があるなら自粛するのが人の道ではなかろうか?

 「危険は嘘」という人に問いたい。
ならば、添加物入りの食品ではなくて、ここに自然のままの食材とこれから投入される薬品をスプーンに載せて交互に口に入れて毎日食事を出来るか?と。

「リン酸塩製剤」
完全に化学薬品である。
危険・危険じゃない、の前に、なぜ化学薬品を口に入れなければならないのか。
ただ、これは企業側だけの問題ではない。
むしろそんなものを必要としてきた国民にも大きな問題がある。
「安く」「安く」「安く」「面倒くさい」「いつでも食べたい」がこんなものを産みだしてしまった。
本来なら国が規制すべきところを、逆に企業側につき後押ししてきた結果がこんな社会だ。
国民が目を覚まさないと癌やその他慢性疾患は増え続けるだろう。

幸い中国ほどのイカれた偽物は出回っていないだろうが、でも、人の健康を軽視していることに違いはない。
中国の考え方、「捕まらなければ、逃げ切れれば、人がどうなっても良い」
日本の考え方、「ただちに影響が出なければ、証拠が出なければ良い」
その差は僅差。
馬鹿さ加減では中国が上。
卑怯さでは日本が上である。

「この世・あの世・人生とは・・・」

 この世とは、あの世から修行に来る場所である。
・・・という話をよく聞く。

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確かにそういう言い方も出来るだろう。実際にこの世など修行としか思えない事の連続だ・・・
しかしながら、これはまったくもって私の勝手な見解だが、ちょっとイメージが違う。

 この話は証明も出来なければ、自分でも確かな記憶なのか、この世の現実に歪められた記憶なのか、全くの幻想なのか、確信が持てない事なので、信じて欲しいとは言わない。
ただ、私の中では多少この世に合わせたデフォルメが混在するものの「大事な記憶」であることは間違いない。
記憶というのは、端的に言うと”この世に生まれてくる前のあちら(あの世?)での記憶”。
それはいつの頃からか、おそらく二十歳を超えてから、蘇った記憶である。

 それは、この世に生まれてこようとしている自分の意志から始まる。
経験者・霊能者・研究者の中では諸説あるが、やはりあの世(あの世も何段階もあるだろうが)は苦しみのない平和過ぎてしまうところであったと思う。それは悪いことではないが、魂が進化を求める以上、何事もないというのは逆に窮屈なのであろう。
よく言われることだが、自由に思った通りに移動出来、思った体験が出来る世界のようだ。
私は何人か(この何人という認識自体はこの世に合わせた感覚であり、実際は個人というものは無いのかも知れない。)の友人?的な存在(この世で言う友人よりも深い感覚。兄弟と友人の間のような関係だろうか。)と一緒にいたようだ。漠然とした感じでこちらへ来る(この場合向こうへ行く)話をしている。
どうやらそれを決めているのは自分よりもずっと上の存在がいて(なんとなく高貴な先生といった感じ。もちろん学校の先生とはレベルが違う。一番上の神とはまた違う、もう少しこちら寄りの存在。)そこで決められているらしく、私はどうしようか悩んでいる。

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 そんな中、私は決心しこちらへ生まれてくる事を希望した。おそらく前世はそれほど前ではなかったように思う。
前世の記憶は全く無いが、早目の生まれ変わりであるようなイメージが残っている。
そして、この世へ生まれて来る許可が下りた。(この許可というのもこの世での感覚に合わせているのかも知れないが)
それを受けて少し複雑な心境に困惑している私に、その友人?が「本当に行くんだ?」というようなことを言っている。
その時点では私は向こうへ行って「ここでは味わえない面倒な体験をして来るんだ!」という強い意志と、どこかに不安を抱えた部分が共存している。

 そして、ここで生まれて行く条件のようなものを決めていく。
おそらくまだ勢いが勝ってしまい欲をかいた私は、「いっそ障害を持った人生を体験したい」と希望した。
しかしながら、その上の存在から「まだあなたには厳しすぎるからそこまでのリスクは与えない。」と言われる。(この上の存在とは間接的にしかコミュニケーションがとれないようだ)
しかし勢いづいた私は「大丈夫、大丈夫。」と不安混じりながら強気な対応。
何度かやり取りがあって、結局、無難よりはまあまあのリスクを背負って生まれていくことになった。
確か・・・この後生んでくれる親を決めた気がする。

そして、行く時が来たのだが、自分ですべて希望しておきながらイザとなったら怖気づいたのは覚えている。
一魂にそんな権限があるのか分からないが、一度出発の時を延期してもらったと思う。
その時の気持ちとしては、大変な世界に行くのに怖気づいたのではなく、あの世からの一番の変化は「孤独」になるからだ。
おそらくこの辺りから、仲間たちと離れるようになってくる。
「本当に行くんだ?」というようなことを問いかけられ、徐々に自分の周りから気配が無くなっていくようだ。
孤独な存在になる準備なのかも知れない。

 家族もいるしたくさんの人、生き物がいるではないかと思うが、そういう物理的な孤独ではなくて、魂が他の魂との繋がりが外れて一つの人格として体に格納されてしまう事への孤独感だ。
そして今の記憶・感覚をなくしてしまう不安。
あちらでは個々の人格はあるものの、孤独というものは無いような感覚がある。
確かいつも同期しているような仲間?がいた。それはそう多くないグループくらいの集まりだったと思う。
もちろんそれしかいない訳ではなく、一体感のある仲間は数としては多くはなかったと思う。
そう言えば、以前の記事で紹介した”宇宙人ユミットからの手紙”にこうあった。
地獄というものは、あの世へ行った時にこの世での行いによって孤立してしまい魂の集合に入って行けない状態の事だと。
孤立こそが地獄、なるほど理解できる。

 そんな不安に駆られて出発を一度逃し、次のタイミングで私はまたしても「ちょっと待って・・・」と再度躊躇してしまった
しかし、「もう駄目です。決定です。」とこちらへ半ば強制的に送られた。
生まれる時は一気に送り出される感じ。
・・・・ここまでが出生前の記憶である。
ここで、もうひとつ、どのタイミングの会話かは分からないが、こんな記憶がある。
(これはもしかしたら以前記事に書いたかも知れない)

 あちらに母親というものが存在するのか分からないが、自分の母親的な存在と話している光景。
仮に母として会話を再現すると、
母:「向こうの世界は大変だよ、頑張らないと。」
私:「じゃあ、さっさと終わらせて帰って来よう。」
母:「でも向こうへ行ったら行ったでまだここに居たいと思うもんなんだよ。」
私:「だって大変なんだったら早く帰りたくなるはずでしょ。」
母:「お前も行ってみれば分かるよ。疲れた、もう嫌だ、って言いながら、もうすぐ帰るという状況になったら、やっぱりまだここに居たいって思うもんなんだよ。」
私:「おかしな話だね・・・」

ここで何かを約束したような気がするのだが・・・思い出せない・・・・
何かを「絶対忘れない!」と、決意していたような気がするのだが・・・

 そんな感じで私はこの世へ生を受けたと思っている。
もう一度言うが、この話は戯言と思われても仕方ないし、私も正直確信を持てるものではない。
ただ、抽象的な事実だけではなく、その時の感情というものまで残っているので、こちらへ来ることによっての変化に伴って無意識にデフォルメしてしまっている部分があるにせよ、このような仕組みの中で我々は生まれて来るという事に間違いはないと信じている。
 
 よって、よく思春期の子が、「誰が産んでくれって言った!」なんて定番の反抗の仕方があるが、「いやいや、あなたが決めて自分から来たんでしょ。」という事になる。
また、「なんで自分ばっかりこんな苦労をするんだ!」という定番の怒りがあるが、「いやいや、自分で設定したんでしょ。」という事になる。
そして、ここが大事だと思うのだが、私の例をとってみても、「神は乗り越えられる試練しか与えない。」というのは間違いないと思う。乗り越えられない試練は生まれる前に却下されるのだ。
冒頭の”この世とは、あの世から修行に来る場所である。”は少し違うと思う。
むしろ、退屈なマンネリ平和ボケの世界から、刺激や感動を求めてむしろ楽しみに来ていると言っていいと思う。
それが思いのほか大変なので、「疲れた~、もう嫌だ~・・」と、楽しむことを忘れているだけなのだ。
人生は、修行僧が苦痛を伴う荒行をして悟りを開く・・というような、そんな修行ではなく、予想外に難解なゲームのボスキャラとの対戦・・・のような感覚で良いのではないだろうか。
乗り切れば次のステージ。

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 とは言え、「そうは言っても、やっぱり割り切れないぞ、辛いものは辛いんだよ。。」と人間は思う。
大きな壁にぶち当たると客観的に見れなくなり、どんどん内にこもってしまう。
それで良いのだと思う。
その割り切れなさこそが試練であり、困難も飄々となんなくこなしてしまっては試練の意味がない。
人の苦しみを感じ、あらゆることに感動を覚えることで魂が進化していくのだろうから。
ただ、行き詰った時に、どん底へ落ちるのではなく、こんな事を思い起こして立ち直ることが出来れば理想的な人生ではないかなと思う。
再び向こうへ戻るその日まで。

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こんな景色を向こうで見たことがある気がする。

「UFO・エイリアン・幽霊・・・」

 今回は、オカルトや都市伝説と呼ばれるものについて。
UFO・エイリアン・霊魂・・・そんなのいる訳ない(笑)、そんな事を言う人は今でも多くいる。
私としてはそれらは当然存在しているし、「科学では証明出来ないから・・・」などという言葉は非常に馬鹿げた話だと思う。
そしてそんなことを言う科学者は四流、五流である。
ましてや、それを聞いて「なんだやっぱり嘘か」などと納得してしまう人もどうかと思う。

 証明出来ないから「無い」と否定するのではなく、「これだけの資料やデータがあるならあるかも知れないから嘘かどうか証明しよう」というのが科学者の仕事である。某大○教授のように、信じる者を上から目線で馬鹿にしまくり何かと言えば自分の知識を全てにこじつけるのはもはや趣味の人としか言いようがない。
「UFOはプラズマ現象だ」という言葉をまともに信じる人がいるなら、それは自分の目と頭を馬鹿にしているというものだ。
「科学者でもないあなたに何が分かるの」というのがお決まりの畳み掛けがあるが、いやいや、説明するのはあなたの仕事じゃないの?という話である。

 オカルト・超常現象研究者のすべきは情報をかき集めその中から真偽を判断し、難しい事は出来る限り勉強し、それでも分からない事は科学者の意見を聞き判断するというのが筋である。
その科学者が研究者を「何も知らないくせに」と言ってしまうのは完全にお門違いである。
関心が無かったり範ちゅうでない事なら研究者に対して、もしくはその事象について科学者としての見解を断言すべきではない。
研究者に対して失礼であり、事をややこしくし真実の発見を遅らせることになる。
発見や証明を遅らせるなど、まさに科学者のすべきことの真逆である。
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 この世には数知れず不可思議な事象が起こっているのだが、確かに嘘くさいものの方が多数を占めているのかも知れない。
CG技術も見分けがつかないほど進歩しており、一般人がそれを使いこなすことが出来るようになった。
結果、偽物が星の数ほど生み出され、真実を覆い隠すようになっている。
そしてもっと怖いのは、それらの偽物を見て、更には説明のし易いものを選別して科学者が全てを一括りにして否定し、それを聞いた一般人達が全てを嘘だと断定してしまい、更に更に怖いのは、それをまるで真実を知ったかのように錯覚して信じる者を馬鹿にするようになることだ。
オカルトや超常現象に関わらず、社会の裏話でも何でも自分で考えるというスタンスを変えてはならない。

 間違った否定の例としていくつか挙げてみる。
まずは、インチキ疑惑の代表、スプーン曲げ。
ユリ・ゲラーで大ブームになるも、現在では超魔術やメンタリズムなどで珍しくもなくなり、むしろその曲げ方は超能力よりも信じられないような複雑さを可能にしている。
そしてその技術はスプーン曲げにとどまらず透視やテレパシーまでもトリックで容易く再現されるようになった。
その結果、超能力自体がインチキだと判断されやすくなってしまった。
この超能力を筆頭に、トリックで再現出来たら「インチキ」、CGで再現出来れば「インチキ」という間違った世論が出来てしまった。
wikiで調べると、スプーン曲げ:「スプーン曲げ(スプーンまげ)は、金属製のスプーン(さじ)を撫でたり息をふきかけたり空中に投げ上げただけで、さじの首の部分がぐにゃぐにゃに曲がってしまうというパフォーマンス。
いわゆる科学マジックの一種である。超能力と見做されることも少なくない。」とある。
「パフォーマンス」「超能力と見なされることも・・・」と書かれてしまっている。
ユリ・ゲラー スプーン曲げ

 次にミステリーサークル。
これは何年か前にアメリカの老人達が夜な夜な作ったとして、「なーんだ、やっぱり」という状況が作られた。
普通に考えれば分かる事だが、世界中で出現した信じられないような幾何学模様のサークルを特定の老人達が作ったなど子供ですら信じられるものではない。
世界各地に模倣が流行ったとしても、あのクオリティを一晩で誰にも見つからず作るなどあり得ないとなぜ考えないのか。
中には人工的でありながらものすごいクオリティのものも出現しているが、これは何日も掛けて見られる事を気にせず作ったのであろうと考えられる。それらも一晩で作ったというものの話に紛れさせてしまうだけで、「なんだ、人間に出来るんじゃないか」という世論を簡単に作ることができる。それは、たった一つ紛れさせるだけで否定させるには充分なのだから。
しかし、ミステリーサークルには、人為的なものではありえないという証拠がある。
それは茎の根元は折れておらず、節が出来て曲がっているということを無視されている。
これは100%人工的ではないと言い切れる。
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 そして、UFOについてだが、これは一昔前よりは理解が進んだ気がする。
それはスマホ・携帯・ビデオカメラの普及により以前とは比べ物にならない情報量がある為だろう。
しかしながら、やはりPCの進化によりかなり良く出来たプロ顔負けのCG動画が激増しているのも確か。
そんな中で、明らかに普通に考えればおかしなものかとりだたされ、本来信憑性の高いものが否定されている。
放送する側の誘導なのか、単なるウケ狙いなのか分からないが・・・
これなどはテレビではずいぶん驚きの映像のように紹介されているが、合成に違いない。

空からこの勢いで黒煙を上げて落ちてくるものがこの程度土にめり込んで終わるはずがない。
一面吹き飛ばされこの至近距離のカップルなどこの世にいないだろう。
当然、煙を上げるほどの高温の隕石にこんなに近づけるはずがない。
見れば見るほどCG合成である。
構成は「ブレアウィッチ・プロジェクト」のパクリを思わせるお粗末さだ。
(*「ブレアウィッチ・プロジェクト」は個人的には嫌いではないが。)
こんなものが出回るおかげで真実の映像が日の目を見ない。
もはや本物と偽物が入り乱れてグチャグチャな状況としか言えない。
これなどは、疑問も多く囁かれてはいるが、この映像がどうであれ、こんなことはすでに起こっている事だと思う。

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アメリカがアポロ計画以来目ざましい宇宙船の進化を遂げておきながら、火星までロボットを送り込んでおきながら、「月にはあれから行っていません」という言葉を信じる方がどうかしている。
おそらく、我々が思っている以上に大きな事がすでに動き出しているに違いない。
我々には知らされないだけだ。

 これらの間違った誘導とイタズラによって、我々一般人はまんまと踊らされ、星の数ほどある重要な情報を見逃してしまう。
今回、私が言いたいのは、超常現象やUFO・エイリアン・幽霊・・があるかないかということだが、一握りののデータを根拠にあっさり否定するのは言い方は悪いが、愚かだと思う。
なぜなら、それらが存在しないと言い切れる唯一の条件、それは、「今まで存在してきた数えきれない無数の情報達が、一つ残らずすべて嘘だった」時だけだからである。
否定する人は、これらの体験談や証拠画像・動画がすべて全部嘘だと、みんな一人残らず嘘つきか勘違いであると考えているのだろうか。
オーバーに言うと、たとえこれだけの情報が99.99%がデマだったとしても、真実かどうかを判断するのには関係ない。
その中に、たった一つ、たった一つだけでも本物があれば、それは存在するという事だ。
その一つさえもデタラメだという人は何を根拠にその自信を得るのだろうか。
もちろん「信じる」だけでなく、「分からない」「自分が見てないからどうしても信じられない」というのも素直な気持ちであろう。
しかし、「そんなものある訳がない」「勘違いだ」は、申し訳ないがもう少し頭を使って考えてから言葉を発して頂きたい。
少々荒い表現かも知れませんが。

 それらの技術や情報が一日も早く一般に正しく伝わり、一部の人間の利益にならず、平和や一人一人の心持ちの助けになれば良いなと心より願います。
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