~ この世・あの世を知るⅡ ~

この世の疑問・謎・疑惑、あの世に関する情報を冷静に分析してみます。

 

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「この世・あの世・人生とは・・・」

 この世とは、あの世から修行に来る場所である。
・・・という話をよく聞く。

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確かにそういう言い方も出来るだろう。実際にこの世など修行としか思えない事の連続だ・・・
しかしながら、これはまったくもって私の勝手な見解だが、ちょっとイメージが違う。

 この話は証明も出来なければ、自分でも確かな記憶なのか、この世の現実に歪められた記憶なのか、全くの幻想なのか、確信が持てない事なので、信じて欲しいとは言わない。
ただ、私の中では多少この世に合わせたデフォルメが混在するものの「大事な記憶」であることは間違いない。
記憶というのは、端的に言うと”この世に生まれてくる前のあちら(あの世?)での記憶”。
それはいつの頃からか、おそらく二十歳を超えてから、蘇った記憶である。

 それは、この世に生まれてこようとしている自分の意志から始まる。
経験者・霊能者・研究者の中では諸説あるが、やはりあの世(あの世も何段階もあるだろうが)は苦しみのない平和過ぎてしまうところであったと思う。それは悪いことではないが、魂が進化を求める以上、何事もないというのは逆に窮屈なのであろう。
よく言われることだが、自由に思った通りに移動出来、思った体験が出来る世界のようだ。
私は何人か(この何人という認識自体はこの世に合わせた感覚であり、実際は個人というものは無いのかも知れない。)の友人?的な存在(この世で言う友人よりも深い感覚。兄弟と友人の間のような関係だろうか。)と一緒にいたようだ。漠然とした感じでこちらへ来る(この場合向こうへ行く)話をしている。
どうやらそれを決めているのは自分よりもずっと上の存在がいて(なんとなく高貴な先生といった感じ。もちろん学校の先生とはレベルが違う。一番上の神とはまた違う、もう少しこちら寄りの存在。)そこで決められているらしく、私はどうしようか悩んでいる。

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 そんな中、私は決心しこちらへ生まれてくる事を希望した。おそらく前世はそれほど前ではなかったように思う。
前世の記憶は全く無いが、早目の生まれ変わりであるようなイメージが残っている。
そして、この世へ生まれて来る許可が下りた。(この許可というのもこの世での感覚に合わせているのかも知れないが)
それを受けて少し複雑な心境に困惑している私に、その友人?が「本当に行くんだ?」というようなことを言っている。
その時点では私は向こうへ行って「ここでは味わえない面倒な体験をして来るんだ!」という強い意志と、どこかに不安を抱えた部分が共存している。

 そして、ここで生まれて行く条件のようなものを決めていく。
おそらくまだ勢いが勝ってしまい欲をかいた私は、「いっそ障害を持った人生を体験したい」と希望した。
しかしながら、その上の存在から「まだあなたには厳しすぎるからそこまでのリスクは与えない。」と言われる。(この上の存在とは間接的にしかコミュニケーションがとれないようだ)
しかし勢いづいた私は「大丈夫、大丈夫。」と不安混じりながら強気な対応。
何度かやり取りがあって、結局、無難よりはまあまあのリスクを背負って生まれていくことになった。
確か・・・この後生んでくれる親を決めた気がする。

そして、行く時が来たのだが、自分ですべて希望しておきながらイザとなったら怖気づいたのは覚えている。
一魂にそんな権限があるのか分からないが、一度出発の時を延期してもらったと思う。
その時の気持ちとしては、大変な世界に行くのに怖気づいたのではなく、あの世からの一番の変化は「孤独」になるからだ。
おそらくこの辺りから、仲間たちと離れるようになってくる。
「本当に行くんだ?」というようなことを問いかけられ、徐々に自分の周りから気配が無くなっていくようだ。
孤独な存在になる準備なのかも知れない。

 家族もいるしたくさんの人、生き物がいるではないかと思うが、そういう物理的な孤独ではなくて、魂が他の魂との繋がりが外れて一つの人格として体に格納されてしまう事への孤独感だ。
そして今の記憶・感覚をなくしてしまう不安。
あちらでは個々の人格はあるものの、孤独というものは無いような感覚がある。
確かいつも同期しているような仲間?がいた。それはそう多くないグループくらいの集まりだったと思う。
もちろんそれしかいない訳ではなく、一体感のある仲間は数としては多くはなかったと思う。
そう言えば、以前の記事で紹介した”宇宙人ユミットからの手紙”にこうあった。
地獄というものは、あの世へ行った時にこの世での行いによって孤立してしまい魂の集合に入って行けない状態の事だと。
孤立こそが地獄、なるほど理解できる。

 そんな不安に駆られて出発を一度逃し、次のタイミングで私はまたしても「ちょっと待って・・・」と再度躊躇してしまった
しかし、「もう駄目です。決定です。」とこちらへ半ば強制的に送られた。
生まれる時は一気に送り出される感じ。
・・・・ここまでが出生前の記憶である。
ここで、もうひとつ、どのタイミングの会話かは分からないが、こんな記憶がある。
(これはもしかしたら以前記事に書いたかも知れない)

 あちらに母親というものが存在するのか分からないが、自分の母親的な存在と話している光景。
仮に母として会話を再現すると、
母:「向こうの世界は大変だよ、頑張らないと。」
私:「じゃあ、さっさと終わらせて帰って来よう。」
母:「でも向こうへ行ったら行ったでまだここに居たいと思うもんなんだよ。」
私:「だって大変なんだったら早く帰りたくなるはずでしょ。」
母:「お前も行ってみれば分かるよ。疲れた、もう嫌だ、って言いながら、もうすぐ帰るという状況になったら、やっぱりまだここに居たいって思うもんなんだよ。」
私:「おかしな話だね・・・」

ここで何かを約束したような気がするのだが・・・思い出せない・・・・
何かを「絶対忘れない!」と、決意していたような気がするのだが・・・

 そんな感じで私はこの世へ生を受けたと思っている。
もう一度言うが、この話は戯言と思われても仕方ないし、私も正直確信を持てるものではない。
ただ、抽象的な事実だけではなく、その時の感情というものまで残っているので、こちらへ来ることによっての変化に伴って無意識にデフォルメしてしまっている部分があるにせよ、このような仕組みの中で我々は生まれて来るという事に間違いはないと信じている。
 
 よって、よく思春期の子が、「誰が産んでくれって言った!」なんて定番の反抗の仕方があるが、「いやいや、あなたが決めて自分から来たんでしょ。」という事になる。
また、「なんで自分ばっかりこんな苦労をするんだ!」という定番の怒りがあるが、「いやいや、自分で設定したんでしょ。」という事になる。
そして、ここが大事だと思うのだが、私の例をとってみても、「神は乗り越えられる試練しか与えない。」というのは間違いないと思う。乗り越えられない試練は生まれる前に却下されるのだ。
冒頭の”この世とは、あの世から修行に来る場所である。”は少し違うと思う。
むしろ、退屈なマンネリ平和ボケの世界から、刺激や感動を求めてむしろ楽しみに来ていると言っていいと思う。
それが思いのほか大変なので、「疲れた~、もう嫌だ~・・」と、楽しむことを忘れているだけなのだ。
人生は、修行僧が苦痛を伴う荒行をして悟りを開く・・というような、そんな修行ではなく、予想外に難解なゲームのボスキャラとの対戦・・・のような感覚で良いのではないだろうか。
乗り切れば次のステージ。

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 とは言え、「そうは言っても、やっぱり割り切れないぞ、辛いものは辛いんだよ。。」と人間は思う。
大きな壁にぶち当たると客観的に見れなくなり、どんどん内にこもってしまう。
それで良いのだと思う。
その割り切れなさこそが試練であり、困難も飄々となんなくこなしてしまっては試練の意味がない。
人の苦しみを感じ、あらゆることに感動を覚えることで魂が進化していくのだろうから。
ただ、行き詰った時に、どん底へ落ちるのではなく、こんな事を思い起こして立ち直ることが出来れば理想的な人生ではないかなと思う。
再び向こうへ戻るその日まで。

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こんな景色を向こうで見たことがある気がする。

Comments


主様

この世からあちらの世界に戻り、すぐ開かれた先輩方との反省会には
皆さん人のかたちをしておられました。

私も主様のようにあちらに戻ってから前世での反省点をすぐにでもクリアしたい
気持ちでいっぱいでした。 
その意味ではリベンジという言葉は感覚的にわかりますよ。

あちらの親しい仲間が出迎えてくれたときは皆まばゆい光に包まれていました。
仲間は難しい課題だったことをなぐさめてくれたのですが
すぐに反省のためひとりで暗い空間にしばらくの間、籠もりました。 

そして明るい空間に出てすぐに上の階層の魂の方にこの世におりる許可を得に行ったので
実はあまりあの世でのことは残念ながら憶えていないのです。
上層の方達は直視出来ないくらいにまぶしくて、まともには見れませんでした。
親しい仲間がいるのは確かです。 しかし仲間との再会をゆっくり過ごす間もなかったので‥
 というか、じぶん付き合いわるいですね(汗 
それほどに焦っていたことは憶えています。

主様の記憶はそれで良いのだと思います。 なぜか感覚的にわかります。
あの世のことについてはあまり言葉で表現する機会がないせいか、うまくは言えないのですが。
こちらの常識の概念では通じませんし、この世におりてくるときもだいぶ制限がかかりますし。

ちょっと話から遠ざかるのかもしれませんが、この世においても『常識』なんてものは
一瞬のうちに変わっていたりします。
じぶんの苦しい経験を、じぶんだけでない より多くの人たちのためにより良い方向へ持っていけたときに。。 そのときに制限がひとつ外れるからでしょうか。

表現力がとぼしいのでこの辺にしておきます(悲
要は良い方向にかんしては " なんでもアリ " なんです。










あきお様
ありがとう御座います。
今回のコメント様方とのやりとりで、もしかしたらかなり興味深い知識というか"大事なもの"を得ることが出来るかも知れないと思いました。
私はこの世から戻った時のことは覚えていませんが、確かにリベンジのような(そんな攻撃的な気持ちではありませんが)意識があり、早目に戻りたいと思っていたのは覚えています。
それで、記事のように障害を持つような人生をクリアしたいと思ったのだと思います。

もし、向こうでの様子で覚えていることがあれば教えて頂きたいのですが・・・
この世のような所でしたでしょうか?
私は何か所か場所を覚えていて、それが懐かしく思う時があります。
あそこで仲間と歩き(?)ながらこんな気持ちだったな・・・とか。
やはりこちらへ来る前くらいの記憶ですが。
頭で理屈で考えると、あの世は違う次元であり、この世と同じはずはないと思うのですが、思い出すのはやはりこの世のような自然があり、建物もあったということです。
その辺が一番の疑問でもありますので。

よろしくお願いします。

主様

詳しくといいますか、書かれている内容とほぼ同じですので
何かご質問くださいれば、憶えている限りお答えします。

あと今おもいだしたのですが、この世からあちらに戻ったとき
何人かの先輩‥と言ってよいのか、明らかに上級レベルの方々が
やり残した課題や反省点について丁寧にわかりやすく説明してくださいました。
ちなみに答えそのものはいただけません。

その点をクリアしたいために向こうで反省点をしばらく考えた後
許可を得てこの世に戻ってきました。
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あきお様
訪問ありがとうございます。
そうですか。。
やはり妄想ではないと確信出来そうです。
詳しくお聞きしたいところです。
可能でしたら非公開でも構いませんので内容をお聞かせ願えればと思います。
初めまして
今日初めて訪問しました。
私が記憶している生まれてくる前の世界の出来事と同じで
ああ やっぱり憶えている方もいるんだなと感慨深いお話でした。


 

 
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