「人が最後に思う事」
非常に重い、また感動さえ覚える記事を見つけた。
オーストラリアの看護師が、おそらくホスピスであろう病棟で短い余命を知った患者に聞いた、”もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。それはどのようなものですか。”という問いに対する回答トップ5である。
特に日本人は多くの方に聞いて頂きたい内容だ。
マイペースな生活で知られるオーストラリアの人が感じるのだから、固い人間が多い日本人は余計に後悔するであろうと思われる。
Pouch[ポーチ] 様より転載
***** ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5 ***
もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。それはどのようなものですか。
人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、オーストラリアの Bronnie Ware さん。彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。
1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」という後悔。Ware さんによると、これがもっとも多いそうです。人生の終わりに、達成できなかった夢がたくさんあったことに患者たちは気づくのだそう。ああしておけばよかった、という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、人は強く無念を感じるようです。
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
男性の多くがこの後悔をするとのこと。仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、と感じるのだそうです。
3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、可もなく不可もない存在で終わってしまった、という無念が最後に訪れるようです。
4. 「友人関係を続けていれば良かった」
人生最後の数週間に、人は友人の本当のありがたさに気がつくのだそうです。そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せるのだとか。もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、という後悔を覚えるようです。
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多い、と Ware さんは指摘します。旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです。
以上、どれも重く響く内容でした。これを読んで、あなたは明日からどう過ごしますか。
(文=阪井亮太)
****** 転載終了 **********
我々はどうしても、必死に働き必死に生きる。余裕すらないその必死さが人生の勲章であり、ガムシャラに頑張る事が最後に後悔しない生き方だと思いがちだと思う。
人によっては、余裕が無ければ無いほど、自分を犠牲にすればするほど後悔の少ない立派な人生だという思い込みがある。
私も以前はそうであろうと思っていた。しかし、はたしてそうだろうか?と疑問を感じていたのだが、これを読んで確信した。やはり、人間苦労する為だけに生きている訳ではない。自分を押し殺す為に生きているのではない。
もちろん人の事を考え、気遣いは大事、仕事を一生懸命にするのは当然の事だが、その上で自分らしさ、自由は思い切り出すべきなのだ。
自分が自分として生まれて来た以上、仕事に対しても、人に対しても、自分として体当たりすれば良い。
自分のできる事を出来る範囲で頑張り、自分のしたい事はどんどん行動する。人に迷惑をかけない範囲で思い切り自分を出し、押し殺さない。おかしい事は我慢せず意見をぶつける。
むしろその方が余裕が出来、人に対しても心から優しく出来ると思う。
馬鹿な政治家や金・権力の亡者に聞いて考えてもらいたい話だ。
オーストラリアの看護師が、おそらくホスピスであろう病棟で短い余命を知った患者に聞いた、”もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。それはどのようなものですか。”という問いに対する回答トップ5である。
特に日本人は多くの方に聞いて頂きたい内容だ。
マイペースな生活で知られるオーストラリアの人が感じるのだから、固い人間が多い日本人は余計に後悔するであろうと思われる。
Pouch[ポーチ] 様より転載
***** ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5 ***
もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。それはどのようなものですか。
人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、オーストラリアの Bronnie Ware さん。彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。
1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」という後悔。Ware さんによると、これがもっとも多いそうです。人生の終わりに、達成できなかった夢がたくさんあったことに患者たちは気づくのだそう。ああしておけばよかった、という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、人は強く無念を感じるようです。
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
男性の多くがこの後悔をするとのこと。仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、と感じるのだそうです。
3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、可もなく不可もない存在で終わってしまった、という無念が最後に訪れるようです。
4. 「友人関係を続けていれば良かった」
人生最後の数週間に、人は友人の本当のありがたさに気がつくのだそうです。そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せるのだとか。もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、という後悔を覚えるようです。
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多い、と Ware さんは指摘します。旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです。
以上、どれも重く響く内容でした。これを読んで、あなたは明日からどう過ごしますか。
(文=阪井亮太)
****** 転載終了 **********
我々はどうしても、必死に働き必死に生きる。余裕すらないその必死さが人生の勲章であり、ガムシャラに頑張る事が最後に後悔しない生き方だと思いがちだと思う。
人によっては、余裕が無ければ無いほど、自分を犠牲にすればするほど後悔の少ない立派な人生だという思い込みがある。
私も以前はそうであろうと思っていた。しかし、はたしてそうだろうか?と疑問を感じていたのだが、これを読んで確信した。やはり、人間苦労する為だけに生きている訳ではない。自分を押し殺す為に生きているのではない。
もちろん人の事を考え、気遣いは大事、仕事を一生懸命にするのは当然の事だが、その上で自分らしさ、自由は思い切り出すべきなのだ。
自分が自分として生まれて来た以上、仕事に対しても、人に対しても、自分として体当たりすれば良い。
自分のできる事を出来る範囲で頑張り、自分のしたい事はどんどん行動する。人に迷惑をかけない範囲で思い切り自分を出し、押し殺さない。おかしい事は我慢せず意見をぶつける。
むしろその方が余裕が出来、人に対しても心から優しく出来ると思う。
馬鹿な政治家や金・権力の亡者に聞いて考えてもらいたい話だ。
Comments
もんきち様
確かに、どう生きても何かしら思い残しはあるかも知れませんね。まあ、でも気づけば会社の為にしかなってなかった・・・しかも会社はそんな事気づいてもいない・・・なんて生き方だけはしたくないですね。
自分の為(大事な人の為)に頑張って、一生懸命楽しんで、足りなかった部分は来生での課題ということにしましょうか(笑)
自分の為(大事な人の為)に頑張って、一生懸命楽しんで、足りなかった部分は来生での課題ということにしましょうか(笑)
実際お金に振り回される事からはそう簡単には抜け出せない。
でも、諦めは持ちたくないですね。
後悔の一番の共通点は”諦め”だと思うんですよね。
諦めなければ、たとえかなわなくても、後悔の念は薄れるかもしれないですね。
クロム、私もオークションで国内での個人売買見つけました。
国内なので送料入れて6百いくらで済みました。
物は前回買った直輸入と全く同じ物でした。
まとめ買いして売っているようですね。
こんな事をしないと買えないという事自体が隠蔽国家の証しですね。
売ってない。・・・重要!という図式が成り立ってしまう国のようですね・・・