~ この世・あの世を知るⅡ ~

この世の疑問・謎・疑惑、あの世に関する情報を冷静に分析してみます。

 

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「西洋医学の限界」

 一ヶ月ほど前、身内が間質性肺炎の悪化により入院した。
すでに肺は一部破れている様で、数ヶ月前から外出時は酸素ボンベを持ち、家では据え置きの機械で酸素を絶えず送っていた。

「 間質性肺炎(間質性肺炎wiki)とは、肺の間質組織の線維化が起こる疾患の総称である。進行して炎症組織が線維化したものは肺線維症(はいせんいしょう)と呼ばれる。間質性肺炎のうち特発性間質性肺炎(後述)は日本の特定疾患で、特発性間質性肺炎の予後は臨床診断によって様々ではあるが、特に、特発性肺線維症(IPF)及び急性間質性肺炎(AIP)については難治性である。間質性肺臓炎(interstitial pneumonitis)ともいう。」

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 今回は70才を超えていることもあり、体力も少なく肺もかなり硬く柔軟性が無くなっているとの事で危険な状況であった。
入院した経緯としては、体調を崩したことではなく、検査で病院へ行ったところ数値が思いのほか悪かったらしく緊急入院となった。
そして一週間ほどたっただろうか、なぜか一リットル近い下血をし、家族が集められた。
原因は分からないが、どうも腸から出血したらしい。
本来なら輸血をして出血を止める治療をするところだが、老体で耐えられないということで出血の治療も出来ないという。
出来ることは輸血だけだが、翌日の昼過ぎでないと血液が届かないと言う。
今、近くの医療センターへ行けば200mlだけならなんとかなるが、移動の際に再度下血をすれば確実に危険な状態になるだろうとのこと。しかし、明日にはベッドを空けて欲しいと言われる可能性があると言う。

 輸血しに行くのに出血と危険を覚悟し、翌日また移動と危険を覚悟してくれと言われて家族としてはどうすればよいか分からなくなった。
私としては、血液など減ったところできっちり補充する必要など無いことは知っていたのだが、出血し続ければ危険だろうし、悩んだ。
そこで私が「今、下血が止まっているなら、そのままここにおいておこう。じっとしてても出血する可能性があるなら動かすのは自爆でしょ。」と言ったのだが、なぜかすぐに下血を見ようとしない。
どうやら病院としてはさじを投げたようだ。
次出血したら終わり。でも予定の200から400ml輸血したらそれ以上はやらない。
次、出血したら厳しいと言うばかり。
「貴重な血液をどんどん出血するところへ輸血するのはもったいない・・と言う言い方もなんですが・・・」と言うのだ。
確かにその通りかも知れないのだが、どうして医者はそういう言い方をするのか。
肝心な判断は完全に家族に任せるが、ベストな判断など素人が出来るはずがない。

 結局、何とか下血が一時的に止まっていることを確認してもらい、そのまま翌日の昼過ぎまで輸血を待つことになった。
翌日、奇跡的に持ちこたえた。
そして、その後、本人の強い希望で自宅に連れて帰ることになった。
正直、もうだめだから好きな物を食べさせ好きな物を飲んで、それで駄目になったらそこまでだろうという考えで、家族の意見は一致した。
入院後、食べ物どころか水すら口にしていなかったのだから、かなりのストレスだったと思う。
なんでも、嚥下障害で、水を飲んでも呼吸困難で駄目になるだろうとの事だった。
本人も「帰るまで絶対死なない」と言っていたほどだ。
水も飲めないのに食事などしたら、おそらく出血して駄目になるだろうと覚悟した。
要するに看取る為に連れて帰るのだ。

 二日後、自宅へと戻った。
痰が溜まるだけで窒息すると言うことで吸引機も借り、ほぼ看取るつもりでみんな交代で付ききりになった。
その際、今まで長年あらゆる処方薬を飲んでいたのだが、水も飲めないと言うことで入院時に投薬もやめたらしい。
そして、少しずつだが固形物を食べ始める。
水も飲む。
二日目、するとやはり出血があった。
その内脈が振れなくなったり、呼吸が苦しがるようになった。
血圧も測れなくなった。
どうやら、出血時に肺の機能が追いつかなくなるようだ。
医師を呼び見てもらったが、どう見ても「もうだめだ」と言うのが伝わってくる。
限界を超えたら麻薬で苦しみだけを和らげようと言うことになっていた。
リスクとしては、それがきっかけで呼吸が止まることがあると言う。
医師も出来る事は無い、麻薬を打つと決めたらいつでも呼んでくれと言い残し返った。

 普段は1.5L/分という酸素供給だったが、苦しむので徐々に上げて5L/分までになった。
それでも苦しみ、今にも窒息しそうだ。
家族の何人かはもうかわいそうだから「麻薬打って」と言った。
私もこれは無理だな・・・と思った。

 しかし、そこから状況が一変する。
このころ、本人は限界を感じたのか「そろそろだな・・・」と言って家族もみんなで手を握り始めた。
医師は何の指示することも無く帰ったのだが、看護師の私の妻が現場の経験を生かし、麻薬投与を「まだ早い」と言って酸素量を何度も操作しだした。
私は、「苦しいのに酸素下げて大丈夫か?」と聞くと、上げっぱなしじゃ駄目だと様子を見ながらこまめに酸素量を調整する。この辺は私にはさっぱり分からないのだが、確かに悪くはならない・・・
そんなことを繰り返しているうちに、徐々に落ち着いてきた。
正直、奇跡的だった。
間違いなく終わったと思った。
私の母が亡くなるときに見た目と同じ目をして表情が緩んだ瞬間があったのだ。
しかし、奇跡的に乗り越えたのだ。
それがすべてではないだろうが、本人の様子を見ながら酸素量を変えているその様は、医師には感じない貫禄と経験値の高さを感じた。
普段は西洋医学をたたく事が多いが、この辺は何よりも現場の経験は凄いな・・と感じた。
医療知識よりも人間対人間と言うものを感じた。
しつこいようだが医師からはその人間性は感じられることは少ない。

 そして、その後どうなったか。
それからかれこれ半月ほど経つが、本人はどんどん元気になっている。
水、ジュース、野菜、肉、何でも普通に食べる。
嚥下障害も感じられない。
痰も自分で吐き出し吸引の必要も無い。
苦しさで声も良く出なかったのが、以前と変わらない話し方まで戻った。
筋肉が衰え寝たきりではあるが、顔色から何からすべてが元気になった。
たった半月でだ。
水も飲んだら死ぬかも言われた年寄りがだ。

 では、何がきっかけなのか。
体調を壊した時との違いは・・・
薬をすべてやめた事。。。
それに他ならない。

 間質性肺炎を調べて頂きたい。
西洋医学では、どこを見ても言い切るだけの原因が分かっていないのだ。
原因が分からないのに直せるはずが無い。
原因の解説のほとんどに「と言われている」がつくのだ。
そこで、西洋医学では一生治らないと言われた間質性肺炎に対する、東洋医学と西洋医学両方踏まえたこの病院の意見。
「漢方科 松本医院」より

***********  転載開始 *********

間質性肺炎の原因は 100%薬剤です。なぜ薬剤の副作用として間質性肺炎が起こるのでしょうか?副作用の本を読んでもらえればすぐ分かることですが、免疫を抑える薬のほとんど全てに副作用として間質性肺炎が挙げられています。残念なことに、現在の薬の副作用の書物には、ひとつひとつの薬がどのような副作用を起こすのかについては詳しく書かれているのですが、薬の副作用のために生じる病名から薬の名前を検索できないのです。つまり「間質性肺炎を起こす薬のすべて」という本は一冊もないのです。廣川書店から出ている『薬剤師のための常用医薬品情報集』をパラパラめくってみますと、ほとんどの薬に重大な副作用として間質性肺炎が載せられています。なぜだと思いますか?

 まず免疫を抑える化学物質は、どこで免疫を抑えると思いますか?全て結合組織(間質)です。ここでまず結合組織や間質の名前の意味について説明しましょう。まず結合組織は細胞と細胞を結合している組織のことでありますから、すぐにお分かりになるでしょう。それでは間質というのは、どのようにしてつけられたのでしょうか?間質に対して実質組織という言い方をするときがあります。それでは実質とはなんでしょうか?細胞そのものを指します。間質組織とは実質の間にある組織のことを意味します。従って"細胞の間にある組織"を間質というのです。これで結合組織と間質は同じだということがお分かりになるでしょう。 ついでに膠原病の"膠原"とは何でしょうか?膠原とは「膠(にかわ)の元」という意味です。それではなぜ「膠の元」と名づけられたのでしょうか?結合組織は線維からできています。この線維を集めてみると膠(ゼラチン)を生ずるので、この線維を膠原線維といいます。このゼラチンは、昔は接着剤によく使われた膠(にかわ)のことです。この膠原線維は強靭で細胞を支えて、細胞の実質組織が簡単にねじれたり歪めたり折り曲げられたり破れたりできないように支えているのです。線維というのは、曲げてもねじっても元に戻る強さがあるのはご存知でしょう。もちろん糸よりもはるかに強靭ですから、細胞の組織の形が変わらないのように支えているので、結合組織を支持組織という言い方もします。この膠原線維の主要成分はアミノ酸からできたコラーゲンであります。

 それではこの膠原繊維はどの細胞が作るのでしょうか?線維芽細胞です。この線維芽細胞はあらゆる組織に大量にあるのです。それでは膠原病という名前はどうして付けられたのでしょうか?まさに膠原線維でできている結合組織で炎症が生じている病気を、1942 年にクレンペラーが初めて見つけて膠原病という病名をつけたのです。もちろん昔も今も原因不明の病気であり、後に間違って自己免疫疾患という名前も与えられました。本当は化学物質がこの結合組織に蓄積され、この化学物質がハプテンとなり、様々なキャリアタンパクと結びついた複合体が膠原病の原因であるので、膠原病の正しい病名は化学物質汚染症というべきです。この膠原病を治した手記が私のホームページに満載されています。まさに膠原病は治る病気である証拠なのです。今も毎日毎日実際あらゆる膠原病を治しています。言うまでもなく間質性肺炎も膠原病のひとつなのです。現代の病気の原因で一番多いのは何でしょう?先ほど述べたように、化学物質であります。この化学物質が結合組織、つまり間質に溜まり、これを IgEで戦うときにアレルギーといい、IgG で戦うときに膠原病ということも既にご存知でしょう。
 
 さて本論に戻りましょう。なぜ膠原病の薬の副作用の全てに間質性肺炎やリウマチが起こる原因となるかについて説明しましょう。まずこのような薬は化学物質であり、かつ免疫の遺伝子の働きを抑えます。このような薬は膠原病を起こしている結合組織に運ばれ、そこで戦っている免疫の働きをさせなくします。このような免疫抑制剤は毎日毎日大量に飲み続けると、徐々に処理されなくなり、結合組織に蓄積していきます。しかも毎日毎日飲食物から入ってくる化学物質も一緒に溜まっていきます。もともと抗リウマチ薬は関節の結合組織で戦っている免疫の働きを抑えるためだったのですが、他のあらゆる種類の結合組織にも溜まっていきます。すると免疫の戦いはさらに別の組織の結合組織に拡大して いきます。つまりミイラ取りがミイラになってしまうのです!病気を治すつもりの薬が、さらに大きな病気を生み出すという結果に終わってしまうのです。これが現代医学の病気作りのメカニズムであるのです。 間質性肺炎は大量に薬という異物を入れない限りは起こりえないと考えています。現在用いられている抗リウマチ薬の一番怖い副作用として間質性肺炎があります。代表的な抗リウマチ薬であるリウマトレックスの副作用で亡くなられた患者さんの病名は全て間質性肺炎であります。
 
 今も思い出す症例があります。リウマチで 10年間もリウマトレックスを飲んで、間質性肺炎になってから、医者に「ステロイドでしか、リウマチも間質性肺炎も治すことができないから」と言われ、私のホームページを読んでこられた非常に賢い患者さんがおられました。間質性肺炎の症状は一切ないどころか、間質性肺炎に特異的に見られる KL-6の値も徐々に良くなったのですが、それでもやはりリウマチのリバウンド現象が激しく、関節の痛みも激しく、いつの間にか来られなくなった患者さんがいました。間質性肺炎よりも、はるかにリウマチの治療の方が難しいと感じた症例でした。
 
 私はあらゆる膠原病の中で、治すことが難しい膠原病は間質性肺炎と慢性腎炎だと考えていました。間質性肺炎の場合は、用いられてきたステロイドをやめさせるときにリバウンドが生じ、肺胞が炎症のために崩壊し続け呼吸ができなくなったら、自分が責任が取れるかという思いが常につきまとっていたからです。この世に恐い病気はないのですが、免疫を抑えるステロイドを長期に大量に使ってこられると、これをやめさせるときに病状がひどくなっていくのです。どこまでひどくなるかはステロイドがどこまで免疫の遺伝子を変えてきたか、さらにどこまで他の細胞の遺伝子を変えてきたかは、ステロイドをやめさせて初めて分かることです。遺伝子を修正することで生じる様々な症状の強さは、はじめから予期できないのです。従って生死に関わる肺の病気に対しては闇雲に「ステロイドが悪いから、さぁやめましょう」ということにはならないのです。
 
 リバウンドの強さが病気の重篤度が示すものです。患者さんは常にリバウンドの度合いを私の治療の初めに聞きますが、私は逆に患者に次のように聞き返します。「君の免疫の遺伝子が知っているはずだから、君の遺伝子に聞いてくれ」と。しかしもちろんわかるはずもありません。特に間質性肺炎に関しては呼吸ができないぐらいのリバウンドが起こったらどうするかについての答えがなかったので、積極的には間質性肺炎を治せると言い切ることができなかったのです。
 
 しかし今何人かの間質性肺炎の患者さんを診ていますが、治ることが分かってきました。間質性肺炎の際に見られる炎症産物である肺サーファクタントと言われる、肺胞表面活性物質が低下し、かつ肺のX線による影も減少していくことが分かってきたのです。この間質性肺炎も原因は長期に投薬された薬という化学物質でありますから、この毒薬をやめることがまず第一条件です。その後一切免疫を抑えない限りは進行しないどころか、治っていくということが分かったのです。リウマチや他の膠原病で用いられる薬の全ての副作用に間質性肺炎が効能書きに掲載されていますが、まさにリウマチで用いられてきたリウマチを治せない薬が、さらに呼吸ができなくなって死んでしまう間質性肺炎を起こしてしまうというのが現代の医薬品です。このように治せない、さらに新しい病気を作るという、二重三重の悪事を重ねているのが現代の医療であり、医薬品なのであります。本当に許せないことです。しかも間質性肺炎は死に至る難病中の難病であると言われてきたのですが、実は治す事ができる病気なのです。
 
 医者たちは間質性肺炎を一生治らない病気だと言いまくっていますが、実は自分たちが病気を作っていることを一切認めようとしないのが残念です! 今までも様々な薬を飲んで、肺のⅡ型細胞が炎症の際に特異的に産出する KL-6 が高くなり、当院に受診された人がゴマンといます。ところが全く症状がないので、今まで患者が用いてきた現代医学の化学物質である薬をやめさせ、その代わりに免疫を上げる漢方薬を用いてほとんどの人が良くなっていきました。間質性肺炎の手記が少ないのは、本人の自覚症状がないので、間質性肺炎の手記を書いてとお願いするのも気が引けたので、今まで手記を書いてもらった人が少なかっただけの話です。近いうちに間質性肺炎の理論も書く予定です。と同時に患者さんの手記もたくさん掲載されていくことでしょう。これも私がいつも唱えているように、原因の分からない病気はない、治らない病気はないという大きな証拠となるでしょう。

******** 転載終了 *********

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 そして、出血に関しても、血をサラサラにする薬ワーファリンを入れていたことが原因ではないかと考えられる。
おそらく肺の為に入れたのであろうが、それが原因で止まらなくなった可能性も考えられる。
帰宅を決める頃には投与をやめたと言っていたので、それで自力で下血が止まったのではないか。

そして、輸血に関してであるが、輸血される血液は放射線を当てて拒否反応を抑える処理をして、血液サラサラの薬を混ぜて送られてくる。要するに薬まみれで被曝し死んだ他人の細胞で出来た血液である。
そんなものは体に良い訳が無いのである。
最近の救急医療では極力輸血しないようになってきているらしいが、納得せざるを得ない。
血液など自分の体が作ってくれるに決まっているのだから。

 今回の本人とは、実は妻の父親である。
さすがに、年齢とすでに開いた肺の穴を考えるとどこまで良くなるかは難しいところだが、やはり薬を使わないことで人間らしい生活が送れるであろうと再認識されたところである。
結局は薬が病気を作り、それを治す名目でまた薬を入れる。
そのループに入ったら苦しい死に方をするのである。
このブログのきっかけになった私の母もこの病院で苦しんで亡くなった。
担当医に心無い言葉も浴びせられ、危うく掴み掛かるところだった。
が、おそらくどこの病院でもこんな感じなのであろう・・・

人間は人間の「治癒力」優先で生きるべきである。

* 状況に応じて薬を必要とする事もあるのは当然で、すべてを否定するものではありません。
  あくまでも、使い方が間違いなくおかしいと言うことである。
 
 最後に、重要な証言を。
帰宅後、通ってくる訪問医に「今まで飲んできた薬をあれから飲んでないけど大丈夫でしょうか?」と聞いたところ、こう言ったそうです。
「大丈夫でしょう。だいたい、家に帰って薬をやめれば元気になりますよ。」

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